最近では冠婚葬祭でしか着物を着用しないため、着物=フォーマルなものと考えている人もいるかもしれませんが、たとえば結婚式にTシャツで参加する人がいないように、着物にもシーンごとに適切な着物というものが存在します。
それが「着物の格」で、その場の格式と着物の格のバランスを合わせる必要があり、何でも自分の好きなものを選べばいいというわけではないのです。
ただ、着物の格は紋の数や模様などで細かく分かれており、ちょっとだけ複雑です。そのため「種類が多すぎて把握しきれない」という人も多いのではないでしょうか。
そこで本記事では、着物の格やそれぞれの着物にふさわしい着用シーンについて紹介していきます。
着物の格とは
着物は場の格式に合わせて選ぶことが重要です。その基準になるのが着物の格です。
これは着物の値段のことではなく、形や柄、紋の数によって決まります。
具体的にいうと、フォーマルな場である結婚式やパーティにドレスやタキシードを着ていくように、着物も留袖や振袖などの格の高い着物を着ていくといったようなことです。
基本的に着物は生地を織りあげてから色や模様を付ける、後染めのものの方が格が高くフォーマルとして着用できます。
対して、普段着として使われる着物は、糸に色付けしてから織りあげる織り(先染め)の着物が多く、素材も木綿やウール化学繊維といった幅広い種類の素材が使われています。
着物は、着用シーンによってふさわしいものを選ばなければ自身が恥をかくだけでなく、パーティや茶席などの主催者にも迷惑をかけることになるので注意しましょう。
女性の正式礼装(第一礼装)の着物
女性が正式礼装を着用するシーンは、冠婚葬祭の行事や格式の高いパーティなどです。
例えば以下のようなシーンがあります。
- 結婚式や披露宴の主催者として参加する場合
- お見合いや結納、両家の顔合わせ
- 告別式や葬儀
上記のように、特別な日に特別な立場での着用を想定しておけば間違いないでしょう。
打掛|花嫁の式服
打掛は掻取(かいどり)とも呼ばれ、コートのように羽織るもので、裾は綿を入れて厚みを出していることが特徴です。
結婚式以外では、大河ドラマなどで大名の正室が着ているところを見たことがある人も多いのではないでしょうか。
打掛には白無垢と色打掛があります。
白無垢は、平安時代から婚礼や出産のときに着られていた神聖な衣装です。
花嫁の清らかさを象徴した着物で、白で統一されているのは嫁ぎ先の家風に染まる心構えをあらわしていると言われています。
色打掛は室町時代からはじまり、江戸時代に入って庶民にも広まっていった衣装です。
縁起のいい華やかな柄が入っていることが多く、現代では挙式で白無垢を、お色直しで色打掛を羽織るというスタイルが人気です。
本振袖|未婚女性の正式礼装
本振袖は独身女性の正礼装で、非常に長い袖ときらびやかな模様が特徴です。
大振袖と呼ばれることもあり、同じ振袖でも中振袖や小振袖とくらべると袖が長く、115cmほどあります。
着用シーンは限定的で、成人式、披露宴、婚礼前の両家の顔合わせ、お見合いなどで着ることが多いです。非常に格式が高いため、両家の顔合わせや披露宴で着用するときは注意が必要です。
顔合わせの場では、他の出席者にドレスコードを合わせてもらう必要がありますし、披露宴でも新婦の着ているものより目立たないものを選ぶなどの配慮が必要になります。
黒留袖|既婚女性の正式礼装
黒留袖(黒留袖五つ紋付き江戸褄模様)とは、既婚女性が着る着物の中でもっとも格式が高いものです。
背中、両袖、両胸に紋が計五つ入った黒色の着物で、生地には地模様のない縮緬を使い、裾にだけ模様(江戸褄模様)が入っています。
着用シーンは結婚式や披露宴で新郎新婦の母や祖母、新郎新婦と親交が厚い仲人といった新郎新婦と関係の近い人が着ることが多いです。
逆に言えば、結婚式や披露宴に友人や知人として招かれた場合に着用するとマナー違反となります。
「祝いを重ねる」ことから、白羽二重の下着を重ねて二枚重ねで着るのが正式ですが、最近では袖口、振り、衿、裾回し部分だけを二重に仕立てるつけ比翼(比翼仕立て)が一般的です。
喪服|弔事の礼装
喪服とは、葬儀や告別式などに参列するときに着用する着物です。正式と略式の2種類があり、故人の親族や目上の方の葬儀に列席する場合は、正式喪服である黒無地の染め抜き五つ紋つきを着るべきとされています。
故人が亡くなってから数年経って行われる法事や偲ぶ会など、正式喪服では大げさになりすぎる場合は、色喪服と呼ばれるものなどの略式喪服を着用します。
色喪服には、喪にふさわしい色無地に黒の小物を合わせてを着ることが多いですが、吉祥柄などのおめでたいものでなければ江戸小紋などの地紋のあるものでもかまいません。
喪服と色喪服の使い分けは地方によって異なりますが、親族は三回忌まで正式の喪服を着て、それ以降は色喪服を着るのが一般的です。
また和装の喪服は関東では羽二重、関西ではちりめんといったように、織り方や染める方法が地方によって異なる場合があります。
女性の略式礼装(準礼装)の着物
準礼装は第一礼装の次に高い格式のことで、フォーマルな場面で着られる着物全般を指します。
具体的な着用シーンは以下の通りです。
- 結婚式や披露宴に招待客として参加する場合
- 七五三、お宮参り
- 卒業式、入学式
- パーティ
- 茶会や観劇鑑賞
色留袖|既婚女性の礼装
色留袖とは、黒以外の留袖のこと言い、未婚、既婚を問わず着ることができます。
紋の数で格式が変わり、五つで第一礼装、三つで準礼装、一つで略礼装として扱われます。
五つ紋の色留袖は黒留袖と同格です。そのため、紋が五つ入ったものは新郎新婦の親族が、結婚式や披露宴に参加するときに着ることが多いです。
友人の結婚式に出席するときやパーティに参加するときは、紋が三つか一つのものがふさわしいでしょう。
上半身は無地であり、裾にだけ絵羽模様と呼ばれる縫い目で途切れない模様が入っていますが、柄の高さはさまざまなパターンがあります。
これは年齢に合わせて、若い人は高め、年配の人は低め位置のものを選ぶと全体のバランスがとりやすく、ふさわしい装いとなるので意識してみましょう。
訪問着|柄によって幅広く着用可能な礼装
訪問着は模様や色、柄の種類が豊富な準礼装の着物です。古典的なものからモダンなものなど種類が豊富なので、さまざまなコーディネートが楽しめます。
未婚、既婚を問わない上、ファッション性が高く、招待された披露宴やパーティ、結納や顔合わせ、卒業式や入学式、お宮参りや七五三にいたるまで、たいていの場に着ていくことができるので、着物を楽しむならぜひ一着は持っておきたいですね。
訪問着の柄は留袖と同じ絵羽模様ですが、裾にしか模様の無い留袖とは異なり、胸や袖にも模様が入っています。
訪問着は紋を入れて着ることも、入れずに着ることもできます。紋無しの訪問着は比較的カジュアルな場にもにも対応できるので、まさに万能の着物と言えるでしょう。
振袖|未婚女性の礼装
振袖は袖の長さによって3種類に分かれており、先ほど触れた本振袖のほかに中振袖、小振袖があります。中振袖の袖は100cmほどで、小振袖の袖は85cmほど。
厳密な決まりはありませんが中振袖は成人式やパーティで着ることが多く、小振袖は袴に合わせて大学の卒業式に着ることが一般的です。
中振袖も卒業式に着ることができますが、動きやすさや全体のバランス、着付けなどの利便性を考えると、小振袖の方がいいでしょう。
色無地|年齢問わず着用できる礼装
色無地とは、黒以外の色で一色に染まった着物のことです。無地とありますが、着物地には地紋(織り模様)が入っている場合もあります。
紋を付けずに着ることができ、その場合軽い食事会やお稽古などカジュアルシーンで活躍する着物となります。
紋を入れた場合は個数によって扱いが異なり、一つ入れただけで紋無しの訪問着と同等かそれ以上とすることも可能です。
- 紋が一つ:格は紋無しの訪問着と同等で、お茶会などで着られる
- 紋が三つ:格は紋無しの訪問着と同等以上で、格の高いお茶会や卒業式に着られる
- 紋が五つ:格は留袖に次ぐほど高く、式典や披露宴などで着られる
付け下げ|訪問着に準じる略式礼装
付け下げは、戦時中に豪華な訪問着が禁製品になったため、その代用品として作られた着物です。そのため、付け下げと訪問着は非常によく似ています。
分かりやすい違いは模様の付け方です。
訪問着は生地を裁ってから絵を付けますが、付け下げの模様は、反物の状態から模様づけするため縫い目の部分で絵柄が途切れています。
付け下げの格は、略礼装の中で訪問着の次に高い格になります。
ただし最近では、模様や柄も多様化し、パッと見た雰囲気で訪問着か付け下げかわからないものも多いため、柄の豪華さ絢爛さでその場にふさわしいものを選ぶようにするといいでしょう。
江戸小紋(紋付)|小紋だが、紋を入れることでフォーマルシーンで着ることが可能
小紋とは同じ模様が不規則に入った着物で、本来カジュアル着です。
しかし小紋の中でも、江戸小紋だけは紋を付けることで格が上がり、パーティなどのフォーマルな場に着用することができます。
遠目では無地に見えるほどの細かな模様を一色で型染めした江戸小紋は、他の小紋とは異なりシンプルで奥ゆかしい印象をあたえるため、礼装として着用しても問題ないという考え方なんですね。
江戸小紋にはいくつか柄がありますが、紋を入れるなら、「鮫」「行儀」「通し」の江戸小紋三役に、「縞(万筋)」「大小あられ」を加えた江戸小紋五役が適切です。
もちろん紋無しでも着ることができますが、その場合は通常の小紋同様、普段着として楽しみましょう。
女性の外出着、おしゃれ着の着物
外出着やオシャレ着は、洋服でいうと綺麗めなワンピース。軽い食事会やパーティ、お茶会、観劇などに着ていける着物です。
普段着より少しだけピシッとしておきたい場合にも着用できるというだけで、街着にしてはいけないという意味ではありません。
小紋、小紋友禅、付け下げ小紋
前述した通り小紋とは、同じ模様が不規則に入った型染めの着物のことです。
模様の種類が豊富なため、季節やイベントごとに使い分けを楽しむことができます。春は桜や梅、夏はあじさいや朝顔、秋はもみじや菊、冬は椿や松などの柄が合います。
小紋友禅は、友禅染めで模様を描いた小紋のことです。
京都で生まれた京友禅、友禅斎が加賀に持ち込んだ加賀友禅、参勤交代によって江戸に伝わった東京友禅などがあります。
付け下げ小紋は、小紋と付け下げが合わさったもので、一方付けと呼ばれることもあります。
小紋とのちがいは、小紋の柄が上下関係なく不規則で入っているのに対し、付け下げ小紋の柄は形が整った状態で入っていることです。
格は小紋と同等ですが、小紋よりよそ行きと考えられています。
付け下げ小紋、小紋、小紋友禅はどれも映画館や食事会などで着られるオシャレ着ですが、古典柄などで落ち着いた柄行であればセミフォーマルなパーティなどで着用しても問題ありません。
お召
お召とは絹織物の一種で、正式名称は御召縮緬です。通常のちりめんは後染めであるのに対し、お召しは先染め。
先染めの着物の中では最も格が高く、無地の紋織であれば、ある程度格式高いパーティでも着ることができます。一方柄が大きく入ったものは軽い食事会のときに着ることが多いです。
ほかの縮緬よりシワにないにくいため、座る時間の長い観劇などにも適しています。
紬の訪問着、無地の紬
紬とは、紬糸で織った絹織物のこと。結城紬や大島紬というと、着物好きなら誰もが一着は欲しいと思う人気で高価な着物です。
ただし紬は糸の状態で染め上げる先染めのため、風合いもざっくりとしています。着物は基本的に正絹のような艶がある生地の格が高いものなので、たとえ高価な紬であっても格自体が高いというわけではありません。
本来では普段着に分類される紬ですが、訪問着のように仕立てた紬は、小紋と同程度のおしゃれ着としてカジュアル目なパーティなどに着用できます。
さらに、無地の紬に一つ紋を入れるとセミフォーマルとして着ることが可能です。
絞り
絞りの着物とは、絞り染めで染めた着物のことを言います。絞り染めは、生地をつまんでくくって染める手法のことで、くくった部分だけ白く残り模様になります。
京都で作られる京鹿の子絞りや有松・鳴海絞などは聞いたことがある人も多いでしょう。
絞り染めは生地を手作業でくくっていくため、一つの着物を作るのに一年以上かかることも多く、大変高価なものです。
しかし絞りの着物は基本的に小紋と同格のため、たとえ総絞り(絞りが着物地全面に施された物)であっても、格が高くなるわけではありません。
ただし絞りの施された着物が振袖であれば振袖に分類されますし、訪問着に施されていれば訪問着の扱いとなります。
更紗
更紗はインドで生まれたもので、模様もインド風のものが多いです。植物や動物、人物などを表現した模様が一般的で、特に代表的なのはペイズリーでしょう。
格式は高くなく、基本はオシャレ着の中でも趣味性が高く格は低め。
しかし正絹で作られたものであれば、観劇やお正月の挨拶に着用しても問題ないでしょう。
女性の普段着
普段着として着られる着物は、耐久性や通気性に優れているものが多いため丈夫で長持ちです。
洋服でいうとラフなTシャツのようなものなので、フォーマルシーンはもちろん、食事会や茶会などちょっと余所行きな場には向きません。
紬(つむぎ)
紬は蚕の繭から紡いだ糸を使って作った日本の伝統的な絹織物です。織物の中でも渋く、落ち着いた色合いで、着物愛好家に親しまれています。
あらかじめ糸を染色してから反物として織り上げる「先染め」で作られており、軽くて丈夫なので、昔から日常着として愛されてきました。
前述した通り、有名産地の紬は大変高価なものですが、無地のものや訪問着仕立てのものを除けば、普段着として着用するのが一般的です。
絣(かすり)
絣は先染めの織物のこと。出来上がりの模様を想定して、織り上げる前に糸を染める部分、染めない部分を作り、織りで柄を表現する織りの技法や、その柄を指します。
織りあげた際に微妙に染めた部分がズレ、柄が掠れて見えることから絣と呼ばれています。
もともと普段着として作られているものなので、格は低いですが、有名産地のものなどの中には大変高価なものもあり奥が深いです。
銘仙
銘仙は一般的な平織りの絹織物のこと。玉糸と呼ばれる、玉繭から取った太くて節の多い糸が使われています。
同じ絹糸でも、生糸で作られた着物地(正絹)よりも安価であることから、大正~昭和にかけて女性の普段着やオシャレ着として全国的に普及しました。
柄は絣や縞などが多いですが、普段着を想定して作られているため、フォーマルにはないような大胆な模様なども。
そんな大胆な柄行は、現代のファッションにも通ずるものがあり、最近では特に「アンティーク着物」としても人気を博しています。
黄八丈
黄八丈は、八丈島に伝わる絹織物のこと。
本場黄八丈は、八丈島の草木がそれぞれ生み出す色によって、黄色・黒・樺色(鳶色)の三色に分けられ、その三種の糸を縞柄や格子柄に織りあげています。
名前の通り鮮やかな黄色は特に印象的で、大変高価で人気の高い着物です。
生糸を使用していますが先染めのため格は低く、贅沢な普段着と言えるでしょう。
ウールや木綿、麻の着物
ウールは羊毛、木綿は綿花、麻は苧麻から作られた生地です。
それぞれに独特な風合いがありますが、正絹のように艶のあるものではないため、普段着として着用するのがいいでしょう。
ウールは丈夫でシワになりにくいのが特徴。単衣仕立てにするのが一般的ですが、洋服同様保温性に優れているため、冬でも暖かく着られます。
木綿は肌さわりが柔らかく着心地がいいのが特徴です。ウール同様単衣仕立てが多いので、春や秋の過ごしやすい季節に着用するのがいいでしょう。
麻の着物は通気性に優れています。夏でも肌にまとわりつかず、さらっと着ることが可能です。
まとめ|TPOに合わせた着物を着ることが大切
着物を着て出かける場合は、その場に合ったものを選ぶことが重要です。どんなに素敵な着物でも、ふさわしくない場で着てしまえばその魅力は半減してしまいます。
着物の格は紋の数や、形で細かく分かれていて難しいと思う人が多いですが、むしろきちんと知識さえあれば場違いな服装となることがありません。
TPOを弁えつつ着物を楽しみましょう。