汗ばむ季節にぴったりの麻の着物。正絹と違って水でザブザブ洗えたり、襦袢を着なければゆかたとしても楽しめたり、いいこと尽くめで人気の素材です。
この記事では、麻着物の特徴から、産地ごとに違う麻着物の魅力、さらにはお手入れ方法や相場まで解説していきます。これを機に、麻着物をより楽しんでみましょう。
麻の着物とは
夏の普段着として親しまれる麻の着物ですが、特徴的であるが故に当然ながらメリットデメリットがあり、産地や織り方によって生地の雰囲気も様々。細かな違いを把握することができたら、より一層麻着物の魅力を味わうことができるでしょう。
まずは麻の着物の特徴や種類を知っていきましょう。
麻着物の特徴|麻のメリットデメリット
麻着物では、主に苧麻(読み方:からむし/ちょま)という麻の繊維の中でも比較的太く長い繊維が使われています。
一言で麻と言っても、麻から取り出される繊維の種類は「ヘンプ」「リネン」「ラミー」など様々ありますが、苧麻はラミーの日本名。
洋服や雑貨でよく使われるリネンよりも硬いため、独特のシャリ感が生まれ、夏に適した通気性の高い素材になるのです。
麻着物のメリット
麻着物のメリット
- 水洗いOK
- 吸水性と通気性に優れている
- 肌にまとわりつかないサラッとした着心地
- ゆかたとしても楽しめる
何と言っても、汗をかいても水洗いすることができる点が麻着物愛用者が多い理由でしょう。春の終わりから夏にかけて、襦袢を着て帯を締めるとなると、少なからず洋服よりは暑さが増すものです。そんな時はまさに麻着物の出番。
特に、生地全体に施されたシボが特徴の縮(ちぢみ)に関しては、凹凸があることで肌に触れる面積が少なく、サラッとした着心地をさらに高めることができます。
もちろん、盛夏でしたら襦袢を着ないでゆかたとして着用することもできます。肌に張り付きにくい麻素材なら、綿よりも快適に過ごせるでしょう。一般に柄物が多い綿浴衣ですが、無地感の麻着物を浴衣として着用すれば、シックで上品な着姿に仕上がります。
麻着物のデメリット
麻着物のデメリット
- 中に着ているものや体のラインが透ける可能性がある
- シワになりやすい
- 色落ちしやすい、洗うと縮みやすい
- カジュアル着物のためフォーマルなパーティなどにはNG
薄手で着心地抜群の麻着物ですが、デメリットとして下着や体のラインが透けてしまう可能性があります。もちろん透け感があるのは悪いことばかりではなく、夏には涼感を演出できる大事なポイントです。
しかし、意図せず脚の形が見えてしまったり、布の少ないお尻の部分で下着の色がぼんやり見えてしまったり、半衿を適当に付けているのがバレてしまったりというのは恥ずかしいもの。
特に下着や脚の透けは見栄えも良くないので、襦袢の色選びは慎重にしましょう。
出かける前にベランダなどに立ち、日差しの当たる明るい場所で後ろ姿を確認するのがいいですね。生地が1枚になっている後身頃は、生地が2枚重なる前身頃以上に透けやすいため、念入りに。
また、麻着物を含めた夏着物全般は、袷の着物と違い裏地がありません。麻の生地はもともと丈夫なため、心配すべきは主に縫製した部分です。
特に立ったり座ったりという動作が多いと背縫いが割けてきてしまうことが多いので、その場合は腰の部分に居敷当てを付けるのが効果的。背縫いの補強となるほか、下着の透け防止にもなります。
麻着物の種類|有名産地や織り方の違い
麻着物のうち代表的なものは大きく分けて、シボが特徴の「縮」と滑らかな「上布(じょうふ)」の2種類あります。
それぞれの特徴と有名な産地を見ていきましょう。
麻縮|小千谷縮、近江縮など
麻縮とは、糸に強い撚りをかけて織ることで、生地の表面に独特のシボを出した夏着物を代表する素材です。
縮には麻のほか、綿、レーヨン、絹などが用いられることもあります。
紬で有名や茨城県の「結城縮」、千葉県の「銚子縮」など産地によって特徴が異なり、特に新潟県の小千谷付近で作られる「小千谷縮」、上布の宥免山地でもある「近江縮」などが有名です。
縮と言えば「小千谷縮」と言われるほど、定番ながら味わい深い小千谷縮。
高級織物である「越後上布」の技術に、撚り糸を使う「縮」の技術を合わせて編み出されたのが江戸時代前期~中期ごろの話です。
苧麻で織った、白生地や白絣が特徴的で、緯糸で紋様を織り出すため、淡く爽やかなグラデーションのような色使いが表現されます。
糸や白生地を晴れた日に雪の上でさらす「雪晒し」や、湯もみによって「しぼ」をつくることで、やわらかな肌触りを作り出し、より夏に適した風合いとなっているのです。
1975年には無形文化財に登録され、2009年には染織では初となるユネスコ無形文化遺産に指定されました。
小千谷縮と並んで愛用者の多い近江縮。
小千谷と比べて見た目だけでは判別が付きにくいですが、近江縮には綿混のものがあります。また、手で生地を揉み込むことでシボを定着させるため、「手シボ」と呼ばれることも。
上布|越後上布、八重山上布、宮古上布など
上布は着物地の中でも高級品として扱われています。
細かいラミーの繊維を使うため、「滑らかで上等な生地」ということで「上布」と名付けられ、その昔は幕府への献上品としておなじみでした。新潟県越後や沖縄や石川県能登半島の「能登上布」、奈良県の「奈良上布」など日本各地で生産されていましたが、今では大変希少な存在です。
国の重要無形文化財であり、ユネスコ無形文化遺産でもある越後上布は、年間でも30反ほどしか生産されないほど「職人の精魂」が詰まった高級品です。生産の過程で、雪の上に広げて太陽にさらすことで、オゾンを発生させて漂白をするという雪国ならではの工程があります。
紋様を生み出す「くびり」という技法も特徴的です。染色前に図案に沿って白く防染したい部分に糸をくびってから、ズレの無いように気の遠くなる調整作業を重ねて折り上げる絣紋様が、生産に時間がかかる工程として知られています。
沖縄の離島である八重山諸島(主に竹富島・石垣島)や宮古島で織られている上布もまた違った特徴があります。
豊かな自然に育まれた草木により、糸や染料が個性的な南の織物。八重山では、紅露(クール)というヤマイモ科の染料を使い、絣紋様を織り成します。一方で、宮古上布は琉球藍を使って染めた細かな絣紋様が魅力で、重要無形文化財に指定されています。
また、八重山上布(琉球上布)・宮古上布は、越後上布が雪の上で漂白するのに対して、海にさらして日差しの下で白さを際立てる工程があり、土地の風土を反映させて作り上げる点も上布の面白みですね。
八重山上布(琉球上布)と宮古上布は合わせて薩摩上布とされることもあります。
麻生地の着物Q&A
ここで、麻生地を使った着物に関する素朴な疑問を解決しましょう。ぜひ、着こなしの参考にしてみてください。
Q.麻着物は夏にしか着られない?
A.気温や色味によっては盛夏以外もOK。
基本的には盛夏(7〜8月)が主なシーズンとなりますが、最近はそれ以外でも暑い日が多いため6月中旬〜9月初旬までならきていても問題ないでしょう。6月はともかく9月に涼しげな装いをするのは少し気が引けるという場合は、濃地や茶系の色味を選ぶと秋らしさを演出することができます。
時期的には夏の終わりだけれど、まだ暑さが気になるというような場合は、綿麻の着物という選択肢もあります。
綿の着物に麻が織り込んであるものであれば、見た目は麻着物ほど涼しげではないですが、硬い繊維の麻のおかげで肌触りがよく、綿ほど蒸れにくい便利な素材です。
Q.麻着物にはどんな帯を合わせればいい?
A.派手すぎず、涼しげな印象のパリッとした質感の帯がオススメ。
麻着物でしたら、普段使いできる名古屋帯か半巾帯で問題ありません。せっかく夏らしさを盛り上げる麻着物なので、涼しげなパリッとした質感の帯がよいでしょう。例えば、博多の紗献上などが、控えめな織り柄に正絹のハリとツヤで凛とした佇まいになりおすすめです。
他には同じ麻の帯を合わせても良いですし、南国・沖縄で織られたミンサー帯でも夏らしく仕上がります。ただ、あまり派手な色使いやポリエステルの帯ですと、麻着物の奥ゆかしい魅力が半減してしまうので気をつけましょう。
Q.麻の着物に合わせる長襦袢は?
A.麻の長襦袢だとさらに涼しく。着物と同色だと透け防止に。
麻の着物に合わせるなら、やはりせっかくの通気性の良さを生かせる同じ麻素材の襦袢がおすすめです。
ただし着物の表地とは異なり、襦袢は肌に直接触れる部分が多くなるため、肌の弱い人だと生地の固さやごわつきが、ちくちくとして感じられる場合もあるでしょう。その場合は絹麻などすこし柔らかめのものを選ぶなどするといいですね。
また、長襦袢の色も悩みどころ。
透け感を生かしてオシャレな色合いを楽しむもよし、もし下着などの透けが気になる場合は着物と同色の長襦袢を選ぶといいでしょう。
Q.麻着物がシワになってしまったら手入れはどうすればいい?
A.霧吹きをかけ、手で軽くポンポンと叩く。
麻の着物の独特の風合いを大切にしたいなら、アイロンを手に取る前に霧吹きをかけましょう。そのあとに、手のひらで軽くポンポンと叩いてシワを伸ばします。
それでも膝裏などのシワになりやすい部分が綺麗に伸びない時は、アイロンのスチームを生地から離して当ててみましょう。せっかくのシボが失われないように、少しずつ試してみてください。
Q.麻着物は自宅で洗濯できる?洗い方は?
A.自宅で洗濯可能。必ず水を使って、お洒落着用の中性洗剤で洗う。
麻の着物は洗濯が可能ですが、適当に洗濯機に突っ込んでいいわけではありません。
まずお湯を使うと縮んでしまうため、必ず水を使います。そしてお洒落着用の中性洗剤で洗いましょう。洗濯機なら、袖畳みにしてネットに入れ、水流は弱めに。脱水は気持ち程度でOKなので、1分ほどにしてください。
手洗いの場合は、袖畳みにした着物を水を張ったバスタブに入れ、シャワーの水圧で汚れを流すイメージで押し洗いします。揉み洗いや擦り洗いをすると風合いが損なわれてしまうので、あくまで押し洗いにとどめましょう。
干す時は「だら干し」がベスト。水滴がポタポタ垂れるくらいが、水の重みで自然にシワが伸びて型崩れしません。色落ちを防ぐためにお風呂場などで陰干しすると尚よいでしょう。
麻着物の買取相場
麻の着物はカジュアル着物のため、数百円から数千円程度で取引されています。買取業者によっては、絹の着物以外を取り扱っていないところもあるため要注意。
しかし、状態がよかったり未着用のものだったりしたら、3万円前後で取引されることも。
特に上布の場合は、さらに高額買取が期待できます。毛羽がなく滑らかな手触りを保ち、色ヤケやシミのないものの評価が高いです。
麻縮の買取相場
- 小千谷縮:5,000円〜35,000円程度
- 近江縮:数千円〜25000円
上布の買取相場
- 越後上布: 30,000円~100,000円
- 宮古上布:30,000円~150,000円(新里玲子氏作本:250,000円前後)
- 八重山上布:~30,000円前後(新垣幸子織物工房:300,000円前後)
麻の着物が高価買取されるポイント
夏の着物として人気のある麻素材、せっかくならできるだけ高く買取してほしいですよね。
高価買取へと近づけるポイントは以下の4点。
- サイズは大きいものの方が高く売れやすい
- シミや汚れがなく保存状態がいいほど価値が高い
- 証紙、落款など着物の価値を証明する付属品は必ず見せる
- 専門の買取業者に見てもらうのが何より大事
知らないと大損する可能性もあるので、買取に出す前にしっかりと確認しましょう。
サイズは大きいものの方が高く売れやすい
サイズについては、大きいものの方が高価買取されます。
というのも着物は着る人に合わせて仕立て直すことが一般的で、仕立て直しの際にもとのサイズより小さくなることがあるため、大きい方が何かと融通がきくのです。
大は小を兼ねる、ということですね。
シミや汚れがなく保存状態がいいほど価値が高い
シミや虫食いなどについては、表や裏に関係なく、ひとつでもあれば査定価格に影響が出ます。夏に着るものなので特に汗シミを気にしておきましょう。
フリマアプリやネットオークションでの出品だと、シミの有無で買い手がつくかどうかがかなり左右されてしまいます。
できれば染み抜きした状態で出品したいところですが、クリーニングに出せばその分利益がマイナスになってしまうので考えどころですね。
ただしこれはあくまでフリマアプリなどを用いた場合の話。
専門の買取業者では、シミ抜きで取れる汚れかどうかも判断してくれ、それを加味した価格をつけてくれます。よっぽどひどい状態でなければ、買取不可とはなりません。
もう一つ気にしておきたいのがシワと生地の傷み。
麻着物はシワになりやすく、座ったときなどにできる膝の裏のシワなどは、常日頃から霧吹きできちんと伸ばしてあげなければいけません。
また背縫い部分に負荷がかかりやすいため、普段から居敷当てをつけるなどの配慮をしておくといいでしょう。
証紙、落款など着物の価値を証明する付属品は必ず見せる
(画像引用:宮古島市伝統工芸品センター) | (画像引用:経済産業省ホームページ) |
証紙や落款は高価買取のキーポイント。
証紙とは、簡単にいうと品質証明書のようなものです。着物の素材や産地、織り方、染め方などが記載され、「この着物は高級品である」と保証してくれます。
たとえば小千谷縮であれば、水色地に「小千谷縮」と書かれたものと「小千谷織物之証」が連なっている証紙が特徴です。
宮古上布には「宮古織物事業協同組合」や沖縄県による検査の証がつけられています。
証紙が付属している場合は、大切に保管し査定時は必ず提出しましょう。
落款とは、着物作家のロゴマークのようなものです。着物作家には独自の落款(ロゴマーク)を持っている場合があり、着物を手がけた際に「自分が仕立てたものである」と証明するために刻印します。
有名な作家であればその価値を証明することができ、類似品と見分けることもできます。落款はおくみか襟先にあることが多いです。
ただし、ない場合でも即偽物というわけではありませんし、買取してもらえないわけでもありません。保存状態によっては高価買取をねらえるので、あきらめずに買取に出してみましょう。
専門の買取業者に見てもらうのが何より大事。できれば複数の業者に見積もりを
着物を売る方法はいくつありますが、高額買取されやすいのはやはり専門の買取業者です。着物専門の査定士は、実績も豊富なので大切な着物を正しく評価してくれ、安く買いたたかれてしまう心配がありません。
買取業者に依頼したい場合、インターネットや電話での査定依頼が簡単です。査定は自宅や店頭宅配などの種類があるので、予定に合わせて選ぶこともできます。
査定価格に同意すれば、その場で買い取ってもらえるので手間もなし。もし買取価格に納得できなくても、査定自体は無料なので損になることはありません。
またできれば一社ではなく複数の業者に査定を依頼するのも、より高く買い取ってもらえるポイントになります。
まとめ
夏の定番である麻の着物。涼しく丈夫な生地なので、普段着にぴったりです。
襦袢の透け具合で雰囲気も大きく変わるので、コーディネートも楽しくなりますね。
もし大事にしてきたけれどもう着ない上布や縮があるなら、処分してしまう前に買取査定に出してみましょう。
せっかくの夏の楽しみですから、捨ててしまうより次の人に引き継げるとより素敵ですね。